ウケる雑学

男性器は信仰の対象!?~縄文から続く男性器信仰~

皆さんはかなまら祭りをご存知ですか?神奈川県川崎市で行われる男性器を信仰の対象としたお祭りです。このようなお祭りは日本各地にあり、世界的にも珍しく学術的にも注目されています。しかし、このような信仰ははるか昔から存在したものでした。

≪始まりは縄文時代≫

日本で男性器信仰と思われるものが始まるのは縄文時代前期から見られます。このころに作られたのが石棒と呼ばれる磨製石器です。断面が円形、もしくは楕円形の棒状のもの両端か一方にこぶ状の作りだしを持つものが多いです。この形状から男根を模した呪術・祭祀の道具と考えられています。秋田県・岩手県あたりで大きさ10cmから15cmほどのものが作られますがあまり長く続かず、短期間で姿を消しました。

≪大きさ2mの大型品の出現≫

縄文中期になると大型品が新たに現れます。直径は10cmを越えて長さは2mになる物が作られました。主に北陸や中部、関東で多く見つかっていて、この時期の石棒も先端を男性器に模した作りがされており、中には女性器の表現をしているものもあります。完成品はほとんどなく、ほとんどが半分折れた状態で見つかっています。縄文時代中期末に入る頃には住居の敷石や石で囲った炉の一部としても使われました。こちらも熱を受けて変色しているか、壊れているものばかりです。住居外からも土坑の中央に立てられたものや単独で立っているものがあります。後期には住居内からなくなり、複数個が屋外に配置されるようになります。ちなみに長野県では1919年に河川改修の際に見つかった凝灰岩で作られた日本最大の大きさ(長さ2m23cm、直径25cm)の北沢大石棒というものがあります。

≪だんだん小さくなっていく石棒≫

後期の半ば以降になると北海道や東北では直径2~3cmのほっそりとした小型の石棒が発達します。両頭式で頭部に彫刻文様を掘っていて、こちらも折れた状態で見つかる場合が多いが、北海道の石狩平野では墓の中に完形品を一緒に埋葬している例もあります。晩期にはこのタイプの石棒が関東や中部で作られますがこちらも完形品はなく、短く折れたもの、火で変色しているものが多いです。これ以降石棒は見られなくなり、弥生時代には石剣というものに変わったという説もあります。

しかし、男根信仰は無くなることはありませんでした。飛鳥時代の多くの石造物が見つかった遺跡からは男根を模したと思われる大きな石が見つかっており、現代の日本各地にも金精様などの呼び名で男根信仰が残っている神社が今でも人々の信仰を集めています。

いかがでしたでしょうか。この石棒がどのような意味で使われたものかはわかりませんが、医療技術もない時代、今のように簡単に子供が産める環境とは言い難かったはずです。現在ではバイアグラなどのED治療薬に頼ったり、不妊治療を行ったりすることができますが、出生率の低い古代などは神様や呪いに頼るしかなかったのでしょうね。そのために子作りに使われる性器が神聖視されたのでしょう。現在でも子宝や子孫繁栄を願う神社には男根信仰や性に関わった神様などが祀られていることが多いです。中には浮気防止のために男根をかたどったものを釘で打ち付ける神社なんかもあるらしいです。一度はお参りしてみると面白いかもしれませんね。